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先生の話

「今年の3月いっぱいで塾閉じることにしました」って塾長さんに言われて、「ああ、そうなんですか。お疲れ様でした。」なんて思ってたけど、とっても寂しい気持ちになってきた。彼女に初めて会ったのは小学5年生のときで、ボクが住んでいるマンションの一室でやってる塾に緊張しながら行ったのをぼんやりながら覚えてる。そのころのボクは毎日毎日野球やったり木に登ったりして、「勉強なんてしないぜ~木の上で食べるお菓子最高~!」って感じの子だったし、幼馴染がいわゆる「お受験」のための塾に通い始めてから遊べなくなったのを寂しく思ってたのをよく覚えてる。

「とりあえず塾ぐらい行きなさい」ってことで兄も姉もお世話になった先生のところに連れて行かれたんだと思う。小学生のときの塾での思い出とかいうものは、思い出せる範囲ではほとんどなくて、「めんどくさいけど、怒られるから行くか」ぐらいの気持ちだった。まあボクはお受験をするでもなく、近所の公立中学に進んで、塾も変わらず小学生のころお世話になってたところに通い続けることになった。

でも中学生になると状況が一変した。喧嘩と軽蔑と自己顕示の世界。「お父さんのパンツと一緒に洗わないでって言ったじゃん!」の世界。思春期。「思春期だからねぇ~」なんて言われるのも嫌で、褒められるのも嫌い。怒られるのはもっと嫌い。嫌われたら即死亡。みんなみんな世界のことなんてなんにも知らないクセに世界のすべてが嫌いになる。ボクもみんなみんなの例外にはもれず、すべてのことに腹を立てたこと今でもすぐに思い出せる。

学校は喧嘩と軽蔑と自己顕示に溢れてるし、塾もまったく同じ、喧嘩と軽蔑と自己顕示。「馬鹿死ね!」なんてのは生易しいほうで、なんかもう狂気にしか満ちていなかったよ。団結するのは女の子のパンツが見えてるときぐらい。もう笑っちゃうぐらい最低で最高だったよね。「若いころはヤンチャしてました」みたいなこと、大人がよく言ってるけど、ボク的にはまだまだボクは若いと思ってるし、同年代もまだまだ若いよねって感じ。でも、同い年の人でも「若いころはヤンチャしてました」って言う人はいっぱいいる。中学時代の頃の話する人が多いね。ボクとしては「ヤンチャ」というより「狂気」「意味不明」って感じ。

でもそんな「ヤンチャ」してた人たちにとっても、大人は最強で、その最強がムカつくから最強のフリして大人の困るようなことばっかやってたんだろうなって思うよ。少し可哀想だけどめんどくさいね。ここで超めんどくさい人たちが登場するのが学校とかいうところの素晴らしいところ。最強やめちゃう先生。「先生も若いころはなぁ~」「先生はお前の気持ちわかるぞ」「先生も人間だからな!」じゃなくてさ。最強でいてよ。最強じゃなくてもいいから最強のフリしててよ。アナタは人間でいてはいけない。

「生徒の立場にたって」とか生徒に言わないで、悟られないで。「生徒の立場にたって教える」なんてほんとうに当たり前すぎるし、「わたしは服を着て外に出ます」ってレベル。くだらない言葉で「恩師」になりたい先生、本当に心の底から消えてほしかったし消えてほしい。勇気とか希望を押し付けてくれるのはファンキーモンキーベイビーズだけで十分だよ。

中学校はホントに大人も子供も狂気に満ちてたけど、塾は少し違かった。ボクたちの目の前には最強の人が立ってて、いつなんどきでも最強だった。くだらない人生論なんて語らないで淡々と教えてくれる人だった。最強でムカツクから反抗してたけど、最強だから勝てなかった。負けました。すいませんでした。誠に申し訳ございませんでした。以後気をつけます。

んでまあアインシュタイン様の理論を無視して感覚の問題で言うと、時間というものは平等に経つもので、ボクも最強にならなければいけないときがきて、講師として「最強の先生」を目指し始めた。生徒としての思い出よりも講師として彼女に接した時の印象が強烈なのは、ボクが経験とかいうくだらないものを経たからではなくて、最強のウラガワを知ってしまったからだと思う。

どうすれば成績があがるか、なんてものは本当に生徒ひとりひとり違くて、お金をもらっている以上絶対成績はあげなくちゃいけないし、でも机に向かうのが困難な子も難関とか言われてるところを目指してる子もいて、家庭事情も人格の形成過程も全然違くて、「あーーーーーおれ子供育てたことねぇーよーーーーーたすけてーーーーー」ってずっとなってた気がする。けど、「人生を語る」とか言う本当にくだらない方法はとりたくないし、まあ語れるほどの人生もないし、とにかく塾長さんの真似に徹してた。

塾長さんは生徒の前だと本当に淡々と教える人だけど、ひとりひとりの家庭環境から性格からなにからなにまで把握していてやっぱり最強だった。最強のフリがもう天才的に上手かった。ボクも塾長さんに生徒さんのこと色々と教えてもらいながら、その子に合っててその子にとって最善策であろうと考えられる教え方をしようと心がけてたけど、やっぱり塾長さんにはぜんぜん及ばなかった。

中学生であろうと高校生であろうと小学生であろうと、ひとりひとりそれこそ膨張し続ける宇宙みたいなものが内側にも、もちろん外側にもあって、そこから最善の教え方と接し方を探るのは本当に至難の業だった。けど、四年間で少しはその技を身につけることができたんじゃないかなぁっと思ってる。塾長さんには絶対に及ばないけどね。

四年間、最強の大人と一緒にあれこれ悩みながら、それを生徒さん達には悟られないようにお仕事できたことは、本当にボクの誇りで、いまのボクがあっていいか悪いかの判断はみなさんにお任せするけど、彼女がいなかったらいまのボクはないと断言できる。人生の半分近くの時間本当にお世話になりました。感謝ばかり浮かびます。最強は少しお休みしてゆっくりしてください。っていう話。