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ギャンブルの話

友人がマカオのカジノで負けたという話を聞いた。競馬狂のボクとしてはギャンブルの擁護をしておきたいのでギャンブルについて書こうかななんて思ってる。「競馬にはドラマがある」とか偉い人もそうじゃない人もみんなみんなテレビの中で言ってるけど、それは嘘だね、って断言してあげたい。「競馬にはドラマがあるって思いこみたいだけだよ」って言ってあげたい。

有馬記念のこと。2013年はオルフェーヴルが勝った。2014年はジェンティルドンナ、ドラマっぽいのはなにかなぁなんて思う時に浮かぶのがオグリキャップかな。みんな年の暮の最終レース、しかも人生(馬生?)最後のレースを有終の美で飾った馬たち。「最後の意地を見せる」ってのがみんなみんな大好きで、お馬さんにもそれを投影する、というかお馬さんじゃなくても引退試合とか最後の闘いってのは、魅力的に映るみたい。

落ち目の選手やお馬さんの勝利にじぶんも勇気をもらった!なんて人がいっぱいいて、それはそれは素晴らしいことなわけなんですが、、、ですが、負けた選手やお馬さんにも引退試合では拍手が贈られる。なんかへんなのとか思いながら拍手を贈ってるじぶんがいって、なんかへんなのってまた思う。

2015年の有馬記念なんてほんとにそれだよね、って。ゴールドシップっていう荒くれ者のお馬さんがいて、このときはそのお馬さんの引退レースだったわけですが、すげー強いんだけどすげー荒くれ者。気分次第で走る走らないが決まっちゃう馬で、まあ負けた。気分が乗らなかったんじゃないかってみんな思ってて、ボクも思ってる。「ゴールドシップらしい引退レース」ってボクは思ってて、お疲れ様って言ってあげたい。けど、「ゴールドシップ」のこと知らなかったら「なんか白い馬が引退レースで負けた」ぐらいにしか思わなかった。

結局、「競馬にドラマがある」んじゃなくて「じぶんのなかで競馬をドラマにしてる」ってことに気付いて、「競馬にはドラマがあるんだよ!」なんて力説しても「ふ~ん」みたいな返事が大多数なことに妙に納得。「パチンコにはドラマがあるんだよ!」ねーよ。「ラジコンにはドラマがあるんだよ!」ふ~ん。「テニスにはドラマがあるんだよ!」ちょっとわかる。「野球にはドラマがあるんだよ!」超わかる。

結局、どのようなものであってもじぶんの世界をじぶんでつくりあげるための道具でしかなくて、それを好きなじぶんを正当化しようと必死こいてるだけ。もちろんボクも必死こいてる側。超必死こいてる。「競馬にはドラマがあるんだよ!」って言い続けたい側。寺山修司まで持ち出して言い続けたい側。

ってここまで、書いて競馬けなしてるようにしかみえねぇーよって言われるし少し思ってる。でも、「○○にはドラマがある!」って言ってる人とか思ってる人は競馬やってるボクと同じだとも思う。結局、フィクションをつくりあげるのが大好きで、フィクションにすがりながら生きてるんじゃないかなぁ~って、みんな。

安定した日々の生活が幸せと気付いたよ。なんて歌ってる歌があるけど、この場合安定がドラマ。祝安定ドラマ化。競馬。不安定。祝不安定ドラマ化。って感じ。競馬が批判されるのはギャンブルだから。そうギャンブルに入れ込んじゃうから。ギャンブルはザ不安定なんだから、安定した生活と混ぜてはいけない。不安定を安定へ。ドラマはある。現実的ではない。ドラマ化決定。

ギャンブルは余剰資金でやるのが素晴らしくて(というか当たり前)、「人生を懸けた大博打じゃあああああ!」なんてやって勝てる人ほぼいない。ほとんど人生終わる。けど、なんか人生は続いて、また「人生を懸けた大博打じゃあああああ!」やりたくなる。また人生終わる。けど人生は続いて、そのうち本当のおわりがきて、燃やされて埋められる。

結局、みんなの人生のエンディングは燃やされて埋められる。ここは万人共通で、それまでのドラマは違えど、エンディングは同じ。人と違うこと、って言う記事をこの前書いたけど、エンディングが同じだから人と違うことしたいし、世界にもじぶんにもドラマを求めたくなるんだと思う。ドラマを求めない人は本当に強い人だと思うし、ボクにはなれない。

じぶんの人生もドラマにしたい!じぶんの周りの世界をドラマだらけにしたい!!っていっつも思ってて、いまもたぶん思ってる。思ってるからこんな文章を書いてるんだと思う。ぼくらはみんな生きている、生きているから歌うんだ。なんて名曲があるけど、その逆。歌ってるから生きてるって感じたいし、かなしいから生きているって感じたい。

人生はドラマに満ちているんじゃなくて、どれだけドラマを作れるか感じられるかだと思ってる。作れなかったらなんもないし、感じられなくてもなんもない。「生きてるだけで素晴らしい」なんてみんな言うし、それだけでもドラマかもしれない。「競馬にはドラマがある!」って感じられるけど、「パチンコにはドラマがある!」に「ねーよ」で返してしまうボクはたぶん少し損してる。けど、いつどこでパチンコにドラマを感じるかはわからないわけで、まあ「ドラマあるのかもね」ぐらいには思っておこうと思ってる。いや、ねーんだけど。作ってるだけなんだけど。

なんてことを考えながら、ドラマ作るために書いた記事でした。「このブログにはドラマが!」「ねーよ」って言われないような文章書けるようにがんばろうかなって思ってます。いろんな人のこといろんなもののことを「ドラマチック」に書ければいいよねって思います。